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2014年2月27日 (木)

第9話:高崎線各駅停車(その13)

もくじ



§高崎線を走る車両たち⑩~貨物列車§

 高崎線を走る車両で忘れてはならないのがJR貨物の電気機関車たちである。熊谷や倉賀野に貨物駅があるせいか、高崎線では貨物列車を頻繁に見かける。ほとんどがガソリンタンク車とコンテナ車で、15両~20両くらいの長大編成のものもあり、見る者を圧倒する。

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[写真説明] 
 左:石油タンク車を牽くEH200形機関車(高崎機関区所属:愛称「ブルーサンダー」)が神保原駅を通過する
  -2014/01/24撮影#637
 右:コンテナ車を牽いて身馴川橋梁を渡るEF65形機関車(新鶴見機関区所属)-2008/12/06撮影#638

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[写真説明] 倉賀野駅にて
 左:タンク車を連結して出発を待つEF64形機関車(愛知機関区所属)-2014/01/10撮影#639
 右:倉賀野駅ではよく見かける荷待ちのEF210形機関車(岡山機関区所属:愛称「桃太郎」)-2013/03/29撮影#640

 

§“国境の町” 新町§

Img_7438 神流川(かんながわ)を渡って県境を越え、埼玉から群馬へ入る。高崎線も中山道(国道17号線)もほぼ同じ地点で群馬県高崎市新町に入る。
 群馬県側の神流川堤防の先には、特別なスポットがなぜか集中している。まず、国道17号線神流川橋の袂右側に古戦場の記念碑が立っている。戦国時代の天正10年(1582年)に織田信長陣営の滝川一益軍と北条軍とが交戦した「神流川の戦い」がこの付近であったらしい。古戦場記念碑の後方には、陸上自衛隊新町駐屯地の広大な敷地が広がっている。国道17号線を挟んで新町駐屯地の対面にあるのが「ガトーフェスタ ハラダ」の本社工場・店舗である。ハラダに隣接して交番があるが、敷地が異様に広い。入口には「群馬県警察本部交通機動隊新町検問所」と書かれた小屋があって、脇には監視塔のような奇妙な建物が建っている。現在使われているものかどうかは知らない。

[写真説明] 国道17号線で新町に入ると左手に現れる新町検問所-2014/01/17撮影#641

 

Img_7726 県境と言えば、かつては武蔵国(埼玉県)と上野国(群馬県)との国境であった。国境を越える中山道を、機動隊の検問所と自衛隊とが両脇を固めて守っているという構図である。まさに“国境の町”に相応しい新町の入口だ。
 検問所の辺りで国道17号線から右へ別れる道がある。こちらが旧中山道で、分岐点には常夜燈が立っている。中山道11番目の宿場=新町宿の入口だ。中山道本庄宿と倉賀野宿との間は元来もっと北寄りのルートを辿っていたが、途中から新町経由に変わったため、新町宿は中山道の中では最も遅くできた宿場だったという。
 高崎線新町駅には国道17号線のほうを進んだほうが近い。ここからゆっくり歩いても15分ほどの距離である。国道17号線でなく、「ガトーフェスタ ハラダ」裏手の路地を行くのもよい。高崎線線路沿いの道なので、行き交う列車を見ながら駅に向かうことができる。

[写真説明] 旧中山道新町宿入口に立つ常夜燈-2014/02/03撮影#642
 画像右手に国道17号線を挟んで立つ新町検問所。その奥に「ガトーフェスタ ハラダ」の建物。
 その先が埼玉県との境を流れる神流川。

 

 

§群馬県最初の駅 新町駅§

Tk17_4759【JR新町駅】
所在地:群馬県高崎市
開業日:1883(明治16)年12月27日
電報略号:マチ
ホーム形態:地上単式1本+島式1本
乗車人員:3,710人/日(2012年度)=高崎線第16位

 

Img_4760 群馬県に入って最初の駅=新町駅は「平成の大合併」で高崎市に編入され、高崎市では高崎・倉賀野に次ぐ高崎線第三の駅になった。以前、高崎線で3つの駅がある自治体は鴻巣市だけだと断定したことがあったけれど、あれは間違いだった。「埼玉県では」と付ければ間違いとも言えないか。
 新町駅も単式+島式の高崎線標準形のホーム構成である。神保原駅と同様に、北口側に単式ホーム直結の地上駅舎がある。南口へは改札口を出て右手の歩道橋を渡っていく、というところも神保原駅と同じだ。違うのは島式ホーム2番線の扱いである。ホーム上2番線側には柵が設けられており、線路もホーム両端付近に枕木の車止めが置かれていて、すっかり使用停止になっているようだ。

[写真説明] 新町駅北口の駅舎外観。駅舎の向こうに見えるのは、南北連絡橋-2013/07/26撮影#643

 

Img_4765 南口側3番線の傍らには5本の側線がある。そのうち外側の4本は確実に使われていないと思われる。現在は取り扱いを停止しているが、新町駅はJR貨物の取扱駅だった。他社向けの専用線もあったようなので、その名残かもしれない。
 新町駅の開業は、高崎線開業と同じ年の暮れも押し詰まった12月27日である。高崎線そのものがようやく新町駅まで到達したばかりであり、高崎駅到達は翌年5月まで待たなければならない。
 明治の頃の“遺産”と思われる建造物が、単式ホーム1番線の中ほどにある。煉瓦造りの危険物貯蔵所だ。入口に「建物財産標」なるものが貼られていて、「明治43年」とあるから、そのころから存在するということだろう。“高崎線勝手に鉄道記念物”に指定してもいいと思う。

[写真説明] 南北連絡橋から高崎方を望む-2013/07/26撮影#644
 新町駅3番線の向こう(南口側)には、今では使われていないと思われる側線が並ぶ。

 

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[写真説明] 新町駅ホームの情景
 左:1番線高崎方から2番線を見る。2番線にはフェンスが張られている-2013/07/26撮影#645
 右:島式ホーム高崎方端っこ。3番線は10両編成の列車がはみ出すため、ちょっとだけ延長されている-2014/02/03撮影#646

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[写真説明] 新町駅懐古アイテム
 左:1番線にある煉瓦造りの危険物貯蔵所-2013/07/26撮影#647
 右:構内側線脇に残されている、錆びついた手動の転轍機-2014/01/17撮影#648

 

 

§注目スポットを抜け 倉賀野駅へ向かう§

Img_7729 高崎市へ入ったばかりの高崎線だが、新町は飛び地のため、高崎市はすぐに抜けてしまい、藤岡市へ入る。温井川(ぬくいがわ)を渡り、関越自動車道の下を抜ける。関越自動車道藤岡ジャンクションはすぐ南側だ。そして高崎線は次のスポットへ向かう。
 進路が徐々に西向きに変わっていき、浅間山の雄姿が真正面に見えてくる。E233系などの通勤型電車で運転台脇の前面展望をじっくり眺める機会はあまりないが、浅間山が真正面に見える地点が高崎線にもあることは、この“かぶりつき”で見ていなければ気がつかなかっただろう。
 この展望に気を取られていると見落としてしまうほど一瞬であるが、車窓左手に八高線北藤岡駅が見えてくる。八高線との共用区間は、駅としては次の倉賀野駅からになるが、線路としてはこの北藤岡駅からなのだ。大宮駅を出発してから高崎線は、ここで初めて他のJR在来線と出会う。

[写真説明] 八高線との合流地点北藤岡駅横を通過する高崎線上り列車-2014/02/03撮影#649

 

Img_7563 1931年(昭和6年)に八高線が倉賀野駅まで延伸したときのこの合流地点には、まず小野信号場が置かれた。1961年(昭和36年)に八高線北藤岡駅ができたのを機に、信号場は駅に併合された。
 高崎線が通る沿線自治体には、必ずひとつは駅が設置されている。わずか数百mしか通らない行田市にさえ駅がある。なのに藤岡市だけは高崎線は素通りするのである。北藤岡駅で列車を待つ藤岡市民は、目の前を走りすぎる10両編成の高崎線電車を指をくわえて見ているしかない。
 さて、高崎線の電車は、北藤岡駅を横目で見るだけで、次のスポットへ邁進する。高崎線各駅停車の旅は終着駅に近づくに連れ、見所が増えてくる。
 いったん西向きにとった進路を急カーブでほぼ真北へ戻す。すると、上下線の間が次第に離れていく。列車は右へ曲がりながら高度を上げて土手の上を走り、そのまま最後の大橋梁=烏川(からすがわ)橋梁へ突入する。

[写真説明] 烏川橋梁(下り)に進入する高崎線下り列車-2014/01/31撮影#650

 

Img_7537 この辺りには高崎線を含め、3本の橋が架かっている。高崎線下り線橋梁から100mほど東を高崎線上り線橋梁が、さらに100mほど東を国道17号線の新柳瀬橋が渡る。旧中山道に当たる群馬・埼玉県道13号前橋長瀞線はさらに数百m東の柳瀬橋で烏川を渡っている。
 烏川は利根川水系の支流。ここから東へ下っていって、埼玉県本庄市の群馬埼玉県境付近で利根川と合流する。烏川橋梁のすぐ西側では、南方から流れてくる鏑川(かぶらかわ)と合流しており、橋を渡る高崎線・八高線下り列車の車窓からは、その合流地点がよく見える。
 烏川橋梁は上下線ともトラス橋だが、上り線のほうは新町方5スパンがガーダー橋になっている。公益社団法人「土木学会」の資料によれば、トラス部分が支間47.092m×5スパン、ガーダー部分が支間19.15m×5スパン、総橋長は416.60m。下り線のほうはすべてトラス橋で、新町方からの進入口が緩やかな右カーブになっているのが特徴だ。下り線も上り線と同じくらいの長さと思われる。
 
 

[写真説明] 烏川橋梁(上り)を渡る上野行特急「あかぎ4号」-2014/01/31撮影#651

 

Img_7560 列車に乗っているとわからないが、烏川橋梁上り線側にはすぐ脇を並走してもう一本の線路があった痕跡が残っている。烏川の両岸に、下り線に使われていた橋梁の煉瓦製台座が残されているのだ。この橋梁は高崎線が単線時代のものらしく、複線化の際に現上り橋梁が架けられた。そして現下り橋梁の完成とともに、役目を終えたと思われる。旧下りの台座は高崎線上下線が左右に分かれる辺りの車道を渡る高架橋でも見ることができる。
 烏川橋梁を渡ったあと、線路は再び西向きに進路を変え、群馬県道121号和田多中倉賀野線(旧中山道)をくぐった先でしばし視界から消えていた上り線が接近してきて、再び複線へと戻る。次号でようやく倉賀野駅に到着だ。

[写真説明] 上り烏川橋梁の上流側に残る旧下り橋梁の台座(新町方)-2014/01/31撮影#652

 

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[写真説明] 烏川橋梁下、河川敷での風景
 左:離れて烏川を渡る高崎線上下線-2014/01/31撮影#653
   手前が下り橋梁、奥が上り橋梁。下り橋梁は塗装工事の最中だった。
 右:上流側で鏑川が合流する。烏川は右手(西方)から流れてくる-2014/01/31撮影#654
   背景には(左から)妙義山・浅間山が並ぶ。

 

新町駅スタンプ新町駅スタンプ

[新町駅スタンプ]
 左:最近のもの  右:70年代のもの。日付は(昭和)50年4月5日となっている。

 「下久保ダム」は神流川上流にあり、群馬県藤岡市と埼玉県児玉郡神川町(旧神泉村地内)とにまたがっている。
 ダム湖は「神流湖」と呼ばれている。

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